何十年ぶりのプレゼント交換――大人になった今、贈り物に悩むクリスマス

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本日はクリスマスオフ会。滋賀の野洲に40人ほどが集まり、にぎやかなクリスマスパーティーが開かれます。年齢も立場もさまざまな大人たちが集まるこの会。もちろん条件はひとつ、プレゼント持参です。
考えてみれば、プレゼント交換なんて本当に何十年ぶりでしょうか。子どもの頃は、何をもらえるのかワクワクして、前日から眠れなかった記憶がありますが、いざ自分が「贈る側」になると、これがなかなか難しい。

正直なところ、何を選べばいいのか分かりません。相手の顔も年齢も分からない。好みも趣味も知らない。そんな状況で思いついたのが、家で眠っている「なかなか売れないプラモデル」でした。
もし男性に当たれば、少しは喜んでもらえるのかもしれない。いや、逆に困らせてしまうだろうか。そんなことを考えながら、箱を手に取っては戻し、また眺める……正解は分からないままです。

思えば最近、プレゼントというものの形が変わってきました。子どもや妻への贈り物も、現金や食事が中心になっています。「これが欲しい」と言われれば分かりやすいし、外食なら一緒に楽しめる。無駄にもなりにくい。
仕事で遠くへ行ったときも同じです。以前なら、あれこれ悩みながらお土産を選んでいたのに、今ではサービスエリアで無難なものを一つ買うくらい。時間も限られていますし、疲れもあります。気がつけば、形ある“贈り物”よりも、実用性や効率を優先するようになっていました。

では、逆に自分は何をもらうと嬉しいのか。改めて考えてみると、これもすぐには答えが出ません。
食事の金券だろうか。それとも、お取り寄せの食材だろうか。普段は自分では買わないような、少し贅沢なものも嬉しい気がします。一方で、置き場所に困らない消耗品や、気軽に使えるものもありがたい。
結局のところ、「これでなければ嫌だ」というものは思いつかず、「何でもありがたい」という結論に落ち着きます。

それはきっと、物そのものよりも、「自分のために考えてくれた時間」が嬉しいからなのでしょう。高価かどうか、役に立つかどうかよりも、「何を贈ろうか」と悩んでくれた、その気持ちが残る。
今回のクリスマスオフ会も同じです。誰に当たるか分からないプレゼントですが、だからこそ、そこに込められた想いを想像する楽しさがあります。

大人になると、クリスマスは特別な日でありながら、どこか淡々と過ぎていくイベントになりがちです。仕事は通常運転、生活リズムも変わらない。その中で、こうして立ち止まり、「贈る」「もらう」について考える時間を持てたこと自体が、すでに贅沢なのかもしれません。

贈る側も、もらう側も、正解を探しすぎなくていい。ただ「ありがとう」と言える気持ちがあれば、それで十分。
今夜のプレゼント交換がどんな結果になるのかは分かりませんが、この迷いと悩みごと含めて、今年のクリスマスの思い出として大切にしたいと思います。

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