覚えられなくてもいい。ただ、意識には残りたい

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最近、朝が明けるのが少しずつ早くなってきたと感じる。
年齢のせいなのか、単に季節が進んでいるだけなのか。
正直なところ、その答えにはあまり興味がない。
ただ、薄明るくなる空を見ながら一日が始まるこの感覚が、嫌いじゃないだけだ。

そんなことを考えながら、昨日作ったフォトホルダーを机の上に並べていた。
オフ会でお渡しする予定のものだ。
そこに、相手の名前を書いた付箋を一枚ずつ、そっと貼っていく。
自分でも思う。「いや、涙ぐましいな」と。
けれど、不思議と気分は悪くない。むしろ、少し楽しい。

人と出会う機会が増えると、どうしても差が出てくる。
一度で顔と名前が一致する人もいれば、何度会っても曖昧なままの人もいる。
これはもう、能力でも誠意でもなく、人としての自然な限界だと思っている。
全員を完璧に覚えられる人なんて、そうそういない。

だからこそ、付箋に名前を書く。
覚えられない自分を責めるより、覚えようとする工夫をする。
それくらいでちょうどいい。
無理にスマートぶる必要もないし、完璧を演じるつもりもない。
こういう少し不格好な一手間のほうが、かえって人の記憶には残る気がしている。

「そこまでせんでもええやん」
そう言われるかもしれない。
でも、稼ぐことや結果を意識するなら、むしろそこからだと思う。
人は、何もしない存在を意識しない。
覚えられる以前に、まず“気づかれる”必要がある。

ビジネスでも、人付き合いでも同じだ。
特別な才能がなくても、派手な実績がなくても、
「この人、なんかちゃんとしてるな」
そう思ってもらえるかどうかで、その先は大きく変わる。

今回のオフ会も、ただ参加するだけなら簡単だ。
名刺を配って、挨拶をして、時間が来たら帰る。
それだけなら、正直、印象には残らないだろう。
だからこそ、「自分はこういう気持ちで来ている」という姿勢を、
ほんの少しでいいから、置いて帰りたいと思っている。

フォトホルダーも、付箋も、そのための道具にすぎない。
大切なのは、「あなたを意識しています」という無言のメッセージだ。
言葉にすれば照れくさいことも、行動なら案外すんなり伝わる。

年齢を重ねると、覚えられないことも増える。
反射神経も、記憶力も、若い頃のようにはいかない。
でも、その代わりに身につくものもある。
それが、「どうすれば相手に伝わるか」を考える余裕だと思っている。

完璧じゃなくていい。
むしろ、少し抜けているくらいのほうが、人は近づきやすい。
その上で、できる範囲のことを丁寧にやる。
今回のオフ会では、そんな自分でいたい。

朝が早くなった理由が何であれ、
今日もまた一日が静かに始まっている。
フォトホルダーに貼った付箋を眺めながら、
「これでええやろ」と、心の中でひとり頷いた。
そんな日常の一コマから、今の自分が大切にしていることを、ここに残しておきたい。

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