「揺れる心と古いトラックと——不安と向き合った一日の記録」

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昨日の夕方、突然「明日は余っている古いトラックで頼むよ」と告げられました。日常の業務の中では決して珍しい話ではないのかもしれませんが、なぜかそのひと言が胸に重くのしかかり、思いのほか動揺してしまいました。寝る前までずっと頭の片隅から離れず、布団に入っても気持ちがざわついて眠りが浅く、結局ほとんど寝られないまま朝を迎えることに。
年齢を重ねても、こうした急な変更に弱い自分がまだいるのだなと痛感しました。「もっと図太くなりたいものだ」と思いながらも、思うように心はついてきません。

そして迎えた当日。久々に乗る古いトラック。ハンドルの感触も、エンジンの音も、自分の手足の延長になっているいつもの愛車とはまるで違う。それだけで余計に肩に力が入り、緊張している自分に気づきました。
「大丈夫かな…」
そんな弱気が頭をよぎりながら一日をスタート。それでも、時間が経つにつれ少しずつリズムを取り戻し、集中して仕事をこなしていくと、心の不安がゆっくり溶けていくのが分かりました。

そして無事仕事を終え帰る頃には、ようやく「大丈夫、やれますよ」と自分に言えるようになっていました。なんとも情けない話ですが、終わってみないと自信が持てない自分が確かに存在するのです。若い頃なら勢いで乗り越えられたことも、今はじんわりと不安が押し寄せてくる。でも、それは弱さではなく、人としての自然な反応なんだろう、と最近は少しずつ受け止められるようになりました。

さて、そんな私の心を揺さぶっている大きな原因がもうひとつあります。
それは、私が普段乗っている愛車のトラックが、電気系統の故障で長期離脱してしまっていることです。

修理に出しているものの、専門の電気屋さんでも「原因が特定できない」との返答。ふそうのディーラーでさえ「何が悪さをしているか分からない」という状況とのことで、復帰の見通しがまったく立っていません。
「明日は戻ってきてくれるかも?」
「いや、今週末くらいか…」
「もしかしたら今月いっぱいか…」
そんな期待と不安が入り混じった日々を過ごしています。

さらに追い打ちをかけるように、久々のミッション車。一度オートマに慣れてしまうと、人間の体は驚くほど操作を忘れるものですね。クラッチの感覚やギアのつながり方に微妙なズレを感じ、「あれ? こんなに難しかったっけ?」と戸惑うこともしばしば。ドライバーとして長くやってきたつもりでも、慣れとは本当にありがたいもので、逆にそれを失うと心まで不安定になるのだと実感しました。

それでも、人間は慣れない環境でも少しずつ順応していくものです。今日一日古いトラックと過ごすなかで、最初の強張りが徐々にほぐれていき、「なんとかなるさ」という言葉を自分にかけられるようになっていました。
たぶん、こうした小さな不安と小さな達成の繰り返しが、毎日の仕事への向き合い方を育ててくれているのでしょう。

「強くならなきゃ」と気負い過ぎる必要もありませんし、「弱い自分」を責める必要もありません。人間は誰だって不安になりますし、ときには眠れないほど考え込んでしまうこともあります。むしろ、それだけ責任感をもって仕事に向き合っているという証拠なのだと、今の私は思うようにしています。

愛車のトラックが戻ってくる日はまだ分かりません。戻ってきた時、きっと心から「おかえり」と言ってしまうでしょう。それまでは、古いトラックと少しぎこちない関係を続けながら、毎日をなんとか乗り切っていくつもりです。

私のように、仕事の急な変化に不安を抱えたり、慣れない環境で気持ちが揺さぶられたりする方は、きっと少なくないはずです。このブログが、そんな誰かの「自分だけじゃないんだ」という安心につながればうれしく思います。今日も一日、本当にお疲れさまでした。

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