迎える幸せ、見守る喜び 〜家族のかたちが変わっても〜

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今日は娘夫婦が遊びに来てくれる日。そう思うだけで、朝から心が自然と弾み、家の空気まで少し明るくなったように感じます。特別な予定があるわけでもないのに、ただ「来てくれる」という事実だけで、こんなにも心が満たされるのは不思議なものですね。

まだ孫はいませんが、夫婦仲良く二人で揃って顔を見せてくれることが、何より嬉しく、ありがたく思えます。忙しい日々の中で時間を作り、こうして親の元を訪ねてくれる。その気持ちだけで十分なのに、やはり親というのは欲深いもので、つい「あれもしてあげたい」「これも用意しようか」と考えてしまいます。

思い返せば、以前は身内が集まるたびに気を張っていました。どうすれば喜んでもらえるか、どうすれば楽しんでもらえるか。料理は何にするか、部屋はきちんと整っているか、会話は弾むだろうか。自分のことよりも、周りのことばかり考えて、終わる頃には少し疲れてしまうこともありました。

けれど、最近は少し気持ちが変わってきました。完璧な準備をしなくても、豪華なおもてなしがなくても、ただ「おかえり」「来てくれてありがとう」と迎えられること自体が、もう十分なのではないかと感じるようになったのです。それでも「満足してもらいたい」という気持ちが完全になくなるわけではなく、やはりそこに親心の深さを実感します。

娘の元気な顔を見ると、それだけで心がほっとします。笑顔で話す姿、自然体で過ごす様子を見ていると、日々を大切に生きているのだと伝わってきます。そして、娘を支え、真面目に仕事に向き合っている旦那さんの姿を見ると、「この人となら大丈夫だ」と、親としての安心感が胸に広がります。

家族のかたちは、年月とともに少しずつ変わっていきます。親が中心だった時代から、子どもたちがそれぞれの家庭を築き、自分たちは見守る立場へ。その変化は少し寂しさもありますが、それ以上に、成長を感じられる喜びがあります。無理に関わりすぎず、でも必要な時にはそっと手を差し伸べられる、そんな距離感が今の自分には心地よいのかもしれません。

「みんながそれぞれの場所で幸せに向かって進んでいけたら、それが一番」。最近、そんな思いが強くなりました。同じ場所にいなくても、毎日顔を合わせなくても、心のどこかで繋がっている。それだけで十分なのだと感じています。

今年は午年。馬車馬のように走り回り、努力を惜しまず前へ進む年とも言われています。若い世代は夢や仕事に向かって力強く、私たち親世代はそれを信じ、応援しながら、自分の歩幅で日々を大切に過ごしていきたいものです。

今日という何気ない一日が、後から振り返った時に「ああ、幸せだったな」と思えるような、そんな時間になりますように。娘夫婦の訪問を心待ちにしながら、静かに、でも確かな喜びを噛みしめています。

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