「午前中だけのつもりが、1日消えた。Netflixと自分への言い訳」

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今日は気づけば、1日まるごとNetflixに時間を溶かしてしまいました。
朝の段階では「午前中だけにしておこう」と、確かに思っていたはずなのです。コーヒーを淹れて、軽く一本。そこまでは計画通りでした。

ところが、シリーズものというのは本当に厄介です。
一話が終わるたびに表示される「次のエピソード」。あの数秒のカウントダウンは、理性が働く隙を与えてくれません。「ここで止めよう」と思う気持ちと、「もう一本くらい」という甘え。その綱引きに、今日は完全に負けました。

気づけばズルズルと次の話、そのまた次へ。
時計を見る回数も減り、物語の世界にすっかり入り込んでいたところで、ふと現実に引き戻されたのが、ゆずちゃんの散歩の時間でした。
「あ、もうこんな時間か」
さすがにここで我に返ります。犬は正直です。こちらの都合など関係なく、日課は日課。現実は待ってくれません。

散歩をしながら、少しだけ自己嫌悪もありました。
やろうと思っていた作業は何一つ進んでいない。ブログも、音楽も、その他諸々も、頭の中では段取りができていたはずなのに、行動にはまったく移せていない。
ただ、同時にこうも思いました。
「たまには、こんな日があってもええか」

無理やりポジティブに捉えれば、今日は気分転換の日。
意識的に休んだわけではありませんが、結果的には頭を空っぽにする時間になりました。毎日きっちり前進できる人間ではないと、もう自分でも分かっています。

救いだったのは、昨日のうちにオフ会用のお土産を作り終えていたことです。
これがもし手つかずだったら、今日の自分に対して「何してんねん!」と、かなりきつめに叱咤激励していたと思います。
最低限やるべきことを、前日に終わらせていた。その事実が、今日の自分を少しだけ許す材料になりました。

改めて感じたのは、
思うことと、実際に行動することはまったくの別物だということです。
頭の中では理想的な1日の流れを描けるのに、現実では簡単に崩れる。切羽詰まらないと動けない自分の性格も、今日ははっきりと突きつけられました。

それでも、1日が完全に終わったわけではありません。
時間はまだ残っています。今からできることは確実にあります。すべてを取り戻そうとすると苦しくなるので、今日は「段取り」だけでもいい。明日の自分が少し楽になるように、準備をしておけばそれで十分だと思うことにしました。

完璧じゃなくていい。
ゼロか百かではなく、今日は「少し」でいい。
そんなふうに折り合いをつけながら、ここからもうひと踏ん張りしてみようと思います。

Netflixに時間を溶かした1日でしたが、何もしなかったわけではありません。
自分の弱さと、向き合えた一日。
そう考えれば、これも悪くないのかもしれません。

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