昨日、ひとつの返事が届きました。
車のキズの件について、旦那さんが彼女の施工前後の写真、そして作業途中の様子を丁寧に見せながら、「こうやって磨いて、ここまで綺麗にしたんです」と説明してくれたそうです。その話を聞いて、相手もひとまず納得し、場は落ち着いたとのことでした。それで十分だと、私は思いました。
世の中には、得意なことと苦手なことがあります。それは誰にでもあって、優劣ではありません。ただ、得意な人がやれば「なんてことない」ことも、苦手な人にとっては大きな壁になることがあります。だからこそ、「得意な人がやれば、よくある話だよ」と言ってもらえる、旦那さんより納得されたっと、彼女から聞き胸を撫で下ろしました。
苦手なことを「どうするん?」と真正面から聞かれると、人は誰でも一瞬、頭が真っ白になります。わからないからこそ困っているのに、その問いは時に追い打ちのように感じられる。私自身も、そんな場面でテンパってしまう気持ちがよくわかります。だから今回の件は、決して特別な話ではなく、どこにでも起こり得る出来事なのだと感じました。
そもそものきっかけは、クリスマス会でした。彼女にとっては、正直なところ「今の私には必要ではない物」だったかもしれません。でも、その出来事から彼女は一歩踏み込み、自分の中にあった悩みや引っかかりと向き合うことになりました。そしてそこから、自分の悩みを解決するためのヒントを見つけ出したのです。必要ないと思えた出来事が、実は大切な入口だった。人生には、そういうことがよくあります。
私は、そんな彼女の姿を見て、いつの間にか「我が娘のようだな」と感じていました。もし、旦那さんからのプレッシャーや、周囲の期待から少しでも解放される道があるのなら、私にできることはやりたい。そう素直に思えたのです。「私なら簡単かも」「私がやれば早いかも」――そんな気持ちが自然に湧いてきました。
一生懸命に動いている人の姿は、不思議な力を持っています。計算や打算ではなく、ただ必死に前を向いている。その姿を見れば、誰だって手を差し伸べたくなるものです。助けたい、支えたい、そう思わせる力があるのだと思います。
私にとって彼女は、まるでジブリに出てくるメイちゃんのような存在です。少し不器用で、まっすぐで、放っておけなくて、でもとても愛らしい。「なんでも相談乗るよ」と、つい言ってしまいたくなる。そんな存在が身近にいること自体が、実はとても尊いことなのかもしれません。
得意な人が得意なことで助ける。苦手な人は、苦手だと素直に言える。そんな関係が少しずつ増えていけば、世の中はもう少し生きやすくなるのではないか。今回の出来事は、私にそんな大切なことを、改めて教えてくれました。


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