rallyho-1967

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迎える幸せ、見守る喜び 〜家族のかたちが変わっても〜

今日は娘夫婦が遊びに来てくれる日。そう思うだけで、朝から心が弾みます。まだ孫はいませんが、夫婦仲良く二人で顔を見せてくれることが、何より嬉しいものですね。以前は、どうすれば喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかと、身内が集まるたびにあれこれ気を張っていました。でも今は、特別な準備をしなくても、ただ迎えられるだけで十分だと感じています。それでも「満足してもらいたい」という気持ちは消えず、やはり親心は尽きません。けれど、元気な顔を見られるだけで心が満たされ、娘を支え、仕事に励む旦那さんの姿にも安心を覚えます。みんながそれぞれの場所で幸せに向かって進んでいけたら、それが一番。今年は午年。馬車馬のように力強く、前向きに走り続ける一年にしたいですね。
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時間は静かに過ぎていく。それでも私は、今日も一歩を積み重ねている

お正月の三が日ほど、あっという間に過ぎてしまう時間はありません。素敵な時間ほど、気づけば静かに流れ去っていくものですね。一日一日を大切に過ごしているつもりでも、振り返るともう夜。私はショートスリーパーではないので、決まった時間になると目が自然と疲れ、目を閉じた瞬間に夢の中へ吸い込まれます。眠れずに時間だけが過ぎるより、すっと眠れて朝早く目が覚める今のリズムは、悪くないと感じています。昨年よりもパソコンに向かう時間は確実に増えました。椅子を少し良いものに替えたせいか、不思議と疲れにくい。毎日の投稿や配信を淡々と続けながら、私は今、自分自身に投資しています。やらなければ始まらない。続けているという事実だけは、胸を張って言える。体を使った労働が「1」なら、ネットの世界は「10」や「100」になる可能性がある。今この時代、この環境を使わない理由はありません。遅い、無理だ、という言葉を手放し、できるところから始めてみませんか。私は今、確実にその先へ近づいています。
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静かに始まる、私のクリエーター人生

今朝は、頭が驚くほど澄んでいて、「よし、今日はクリエーターになる」と自然に思えました。これまで、輝いている人たちを見るたびに、どこか遠い存在のように感じながらも、「自分もあちら側に立ってみたい」と心の奥で思い続けてきました。年齢のせいなのか、時代の流れなのか。パソコンに触れるようになり、考える時間が増えたことで、ようやく“形にする”ことを意識し始めたのかもしれません。振り返れば、昔はDIYに夢中でした。若かった頃のゆずのために、小屋を広げ、雨や風を防げる居場所を作ったこと。タバコで汚れた部屋を、自分の手で修復し、壁を塗り替え、四日かけて空間を生まれ変わらせたこと。お金がなくても、知恵と時間があれば、人は何かを生み出せる。あの頃の感覚が、今また静かに蘇っています。
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忙しさの正体は、充実か疲弊か――午年の始まりに考えたこと

元日は、朝のコーヒータイムと、ゆずの散歩から静かに始まりました。慌ただしさとは無縁の時間の中で、「今年は午年。良いスタートが切れたな」と、自然とそんな思いが湧いてきます。今年も日々のやることリストを埋めながら進む毎日になりそうで、立ち止まる暇なんてないだろうな、と正直思います。ただ、それを「忙しい」と捉えるか、「充実している」と捉えるかで、気持ちの向きは大きく変わる気がしています。もちろん、しんどい日はあります。それでも頭の中を整理しながら一つずつ片付けていくと、無駄な時間は減り、前に進んでいる実感が残るものです。とはいえ昨日は例外で、一日テレビとお酒を優先しました。そんな時間も、たまには必要。だからこそ今日はまた、淡々とやるべきことを進めていかないといけません。娘が来る日までに、少しでも整えておかないと、後で自分が慌てるだけ。進められることがあるなら、今できる分だけでも前へ。今年もそんな積み重ねで、一年を形にしていこうと思います。
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淡々と、確かに走る。2026年・午年に込めた私の覚悟

明けましておめでとうございます。2026年、干支は午。走り続ける年――そんな言葉が自然と浮かびます。今年の私は、勢い任せに走るのではなく、「やると決めたことを、淡々と、確実にやり切る」そんな一年にしたいと考えています。馬車馬のように働く、という言葉は少し荒々しく聞こえるかもしれませんが、そこには覚悟と責任、そして未来への意志があります。日々の中で、気持ちが揺れることもあります。結果が出ず不安になる日もあるでしょう。それでも一喜一憂せず、目の前の一歩に集中し続ける。その積み重ねこそが、やがて形になると信じています。今の私を見てくれている皆さんへ。もし立ち止まっているなら、迷っているなら、無理に答えを出さなくてもいい。ただ一歩、今日できることをやってみる。その姿そのものが、次の道を照らします。この一年、私の歩みが、誰かの背中をそっと押せたなら幸いです。
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「ありがとう」と言えるようになった日 〜心に余白が生まれた仕事終わり〜

今日も仕事で一日が終わりました。正直なところ、体はなかなかに疲れましたが、今日は少しだけ心が温かくなる一日でもありました。各現場でリフトマンさんや積み込み・積み下ろしの方々に、年内のご挨拶ができたこと。その一つひとつが、思っていた以上に自分の中に残っています。年齢を重ねて、ようやく「ありがとうございます」と素直に言えるようになった気がします。以前の私は、自分のことばかり。いかに早く終わらせて、早く家に帰るか。そればかり考えていました。今思えば、ずいぶん余裕がなかったのだと思います。でも今は、少しだけ心に余白ができました。関わる人たちが、少しでも気持ちよく仕事ができたらいいな、幸せであってほしいな、そんな思いが自然と湧いてきます。結果を出すことの難しさを知ったからこそ、頑張っている人を応援したくなるのかもしれません。たった一言の挨拶でも、「また会いたい」と思ってもらえたら嬉しい。そんな気持ちで過ごした、今日の一日でした。
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暗闇の中で鳴り続ける音 ― 喜怒哀楽と、まだ見ぬ誰かへ

YouTubeでBGMを配信しながら、ふと立ち止まる瞬間があります。「これは本当に届いているのだろうか」「どこか的を外していないか」——そんな思いが、静かに胸をよぎることがあります。再生数や反応に一喜一憂しながら、暗闇の中を手探りで進んでいるような感覚。それでも、やめずに続けている自分がいる。そんな中、ある人との何気ないチャットから「喜怒哀楽」という言葉が心に引っかかりました。感情そのものを音で表現すること。さらに、アメリカのリスナーを意識しつつ、あえて“漢字四文字”という日本的な要素を、習字のような文字で表現する──その組み合わせは、もしかすると今までにない入口になるのかもしれない。迷いながらも進む中で、応援してくれる人の存在が、どれほど大きな支えになるかを改めて感じています。「それ、いいと思うよ」と声をかけてくれる仲間がいるから、また一歩踏み出せる。今は無理に答えを出さず、寄り添ってくれるその言葉に甘えながら、もう少しだけ、この道を歩いてみようと思います。
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年末に気づいた“歩き続ける意味”──仲間とともに進む、私の次の一歩

昨日あたりから、ようやく「年末なんだな」と実感が追いついてきました。気づけば、あっという間に日々が過ぎ、あと数日で休み、そしてお正月。仕事、会社のプロジェクト、日々の配信や学び——すべてを同時に回しながら過ごす毎日は、昨年の自分では想像もできなかった景色です。それでも続けられているのは、伴走してくれる仲間がいるから。本気で向き合えば、夢を語っても笑われるどころか、背中を押してくれる。そんな出会いに、何度も力をもらっています。来年2月には、自ら主催するオフ会も予定していましたが、流れの中で形を変え、先ゆく先輩と一対一で向き合う貴重な時間をいただくことになりました。私の行き詰まりを気にかけてくれていたことにも気づかされ、ありがたさが胸に残ります。そして来年は、新たな挑戦として2026年2月7日、梅田オフィスの日替わり管理人にも手を挙げました。午年にふさわしく、馬車馬のように汗をかく一年にしたい。節目の今、皆さんも“ちょうどいい目標”を考えてみませんか。
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静かに満ちていく年の終わりに ― 自分へ「お疲れ様」と言える時間

「お疲れ様」と、今日は自分自身にそっと声をかけた。気づけば一週間が無事に終わり、また明日からの活力が、静かに心の奥から湧いてくる。まだ29日、30日と仕事は残っているけれど、今年という一年を、ようやく走り切れそうな感覚がある。振り返れば昨年から本当に多くの学びがあり、出会いがあり、気づけば人とのご縁が大きく広がっていた。この12月は、来年へのスタートダッシュにふさわしい時間だったように思う。毎日の配信、毎日の学び。外へ出ることが苦ではなく、むしろ楽しみへと変わっていく感覚。少しずつ、自分の心が開いていくのを感じている。残りわずかな今年の日々も、ひとつひとつを大切に味わいながら、充実した時間として締めくくりたい。
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冷たい朝と、言葉を選びながら向き合った一日

今日は、身に染みるほど冷たい朝を迎えました。配送先は兵庫県三田市。南方面ということもあり少し安心していましたが、新名神高速では雪がちらつき、冬本番を感じる一日となりました。幸い道路状況は大きく崩れることなく、走りやすかったのが救いです。滋賀県内も場所によって積もり方は違いますが、やはり雪は気を張りますね。そんな一日の中、先日行われた会社との給料改定に関する話し合いが頭をよぎっていました。休憩を挟みながらのディスカッションでしたが、説明は正直わかりにくく、私は自分でまとめた資料を幹部に手渡し、生の数字を示しながら意見を伝えました。このままでは“搾取”になりかねない——そう感じ、強い口調になったのも事実です。あとになって「少し言い過ぎたか」と思い、電話で確認しましたが、「あれくらいで良かった」との言葉。次回は三役を交えての話し合いになるそうです。一人で突っ走っている感覚もあり、もしこのままなら身の振り方も考えるべきか…そんな思いもよぎった一日でした。