blog

blog

予定変更がくれた余白と、緑のキッチンカーのメロンパン

今日は本来、長距離運行の予定でしたが、行き先が大井川付近ということもあり、出発は明日の朝に変更となりました。そのおかげで、仕事は午前中で終了。少し拍子抜けしつつも、こういう予定変更がくれる“余白の時間”は、案外悪くありません。帰宅途中、ふと思い出したのが、以前から気になっていたメロンパン専門店「もでな」さん。インスタでは何度も目にしていたものの、タイミングが合わず、まだ一度も食べたことがなかった存在です。あの緑色のキッチンカーが、今日はちょうど家からそれほど遠くない大型スーパーに出店している——そう分かった瞬間、自然とハンドルを少しだけ切っていました。購入したのは3個で800円。決して安くはありませんが、「一度食べたい」と思い続けていたものには、迷いはありません。美味しいものへの好奇心は、年齢を重ねても衰えないものですね。これはもう、今日のとっておきのおやつ。3時のおやつに決定です。忙しさの合間に訪れた、ちょっとした寄り道と小さな楽しみ。その余韻も含めて、今日はなかなか良い一日になりそうです。
blog

段取りが噛み合う日。仕事が進み、人に会える一日

今日の初出は、なかなか上々の滑り出しでした。仕事自体は特に焦る内容もなく、年末からこの時期は雪の見込みがあるため、少し早めの出勤を選択。その判断が功を奏し、荷下ろしから段替え、積み込みまでが驚くほどスムーズに進みました。工程が噛み合うだけで、気持ちは自然と軽くなり、「今日はいい日だな」と素直に思えるものですね。その後、急きょ明日の長距離の連絡が入りましたが、無理なく対応できる見通しが立ち、さらに面談も前倒しで受けられることに。一気に仕事が前に進んだ感覚がありました。一方で、2月には清須・向日・尼崎・神戸と複数拠点を回る工程が控えており、会社の予定と重なって調整が必要な場面も増えそうです。そんな中、2月7日は梅田オフィスでの午前中業務に加え、YouTube BGM仲間との学びの時間も予定しています。昼はノンアル、夜は焼肉で一杯。ハードではありますが、気の合う仲間と会えると思うと不思議と楽しみが勝ります。限られた時間だからこそ、詰め込めるものは全部詰め込んで、味わい尽くしたい。人と会える喜びを、改めて感じる一日になりそうです。
blog

昼から飲み会に心が動く理由

「梅田で昼から飲み会?」そんな言葉を聞いた瞬間、思わず「行きたいー!」と心が反応してしまう。この感覚があること自体、正直ちょっと楽しい。しかもそれを発しているのが、表面的なノリではなく“ホンモノ”の言葉を持つ人だとしたら、なおさらだ。軽やかに喋っているようで、実は芯があり、知れば知るほど奥行きを感じる。こういう人と話す時間は、不思議と学びにもなる。普段は学びや思考を大切にしている分、今日は少し手緩い空気感。それがまた心地いい。張り詰めすぎない時間も、成長には必要なのかもしれない。正直、一度は一緒に飲んでみたいと思う。食べること、学ぶこと、語り合うこと。今年はそれらすべてを大切にしながら、自分自身もしっかり成長していきたい。そんなことを考えながら、「楽しんできてください」と、静かにエールを送る。
blog

迎える幸せ、見守る喜び 〜家族のかたちが変わっても〜

今日は娘夫婦が遊びに来てくれる日。そう思うだけで、朝から心が弾みます。まだ孫はいませんが、夫婦仲良く二人で顔を見せてくれることが、何より嬉しいものですね。以前は、どうすれば喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかと、身内が集まるたびにあれこれ気を張っていました。でも今は、特別な準備をしなくても、ただ迎えられるだけで十分だと感じています。それでも「満足してもらいたい」という気持ちは消えず、やはり親心は尽きません。けれど、元気な顔を見られるだけで心が満たされ、娘を支え、仕事に励む旦那さんの姿にも安心を覚えます。みんながそれぞれの場所で幸せに向かって進んでいけたら、それが一番。今年は午年。馬車馬のように力強く、前向きに走り続ける一年にしたいですね。
blog

時間は静かに過ぎていく。それでも私は、今日も一歩を積み重ねている

お正月の三が日ほど、あっという間に過ぎてしまう時間はありません。素敵な時間ほど、気づけば静かに流れ去っていくものですね。一日一日を大切に過ごしているつもりでも、振り返るともう夜。私はショートスリーパーではないので、決まった時間になると目が自然と疲れ、目を閉じた瞬間に夢の中へ吸い込まれます。眠れずに時間だけが過ぎるより、すっと眠れて朝早く目が覚める今のリズムは、悪くないと感じています。昨年よりもパソコンに向かう時間は確実に増えました。椅子を少し良いものに替えたせいか、不思議と疲れにくい。毎日の投稿や配信を淡々と続けながら、私は今、自分自身に投資しています。やらなければ始まらない。続けているという事実だけは、胸を張って言える。体を使った労働が「1」なら、ネットの世界は「10」や「100」になる可能性がある。今この時代、この環境を使わない理由はありません。遅い、無理だ、という言葉を手放し、できるところから始めてみませんか。私は今、確実にその先へ近づいています。
blog

静かに始まる、私のクリエーター人生

今朝は、頭が驚くほど澄んでいて、「よし、今日はクリエーターになる」と自然に思えました。これまで、輝いている人たちを見るたびに、どこか遠い存在のように感じながらも、「自分もあちら側に立ってみたい」と心の奥で思い続けてきました。年齢のせいなのか、時代の流れなのか。パソコンに触れるようになり、考える時間が増えたことで、ようやく“形にする”ことを意識し始めたのかもしれません。振り返れば、昔はDIYに夢中でした。若かった頃のゆずのために、小屋を広げ、雨や風を防げる居場所を作ったこと。タバコで汚れた部屋を、自分の手で修復し、壁を塗り替え、四日かけて空間を生まれ変わらせたこと。お金がなくても、知恵と時間があれば、人は何かを生み出せる。あの頃の感覚が、今また静かに蘇っています。
blog

忙しさの正体は、充実か疲弊か――午年の始まりに考えたこと

元日は、朝のコーヒータイムと、ゆずの散歩から静かに始まりました。慌ただしさとは無縁の時間の中で、「今年は午年。良いスタートが切れたな」と、自然とそんな思いが湧いてきます。今年も日々のやることリストを埋めながら進む毎日になりそうで、立ち止まる暇なんてないだろうな、と正直思います。ただ、それを「忙しい」と捉えるか、「充実している」と捉えるかで、気持ちの向きは大きく変わる気がしています。もちろん、しんどい日はあります。それでも頭の中を整理しながら一つずつ片付けていくと、無駄な時間は減り、前に進んでいる実感が残るものです。とはいえ昨日は例外で、一日テレビとお酒を優先しました。そんな時間も、たまには必要。だからこそ今日はまた、淡々とやるべきことを進めていかないといけません。娘が来る日までに、少しでも整えておかないと、後で自分が慌てるだけ。進められることがあるなら、今できる分だけでも前へ。今年もそんな積み重ねで、一年を形にしていこうと思います。
blog

淡々と、確かに走る。2026年・午年に込めた私の覚悟

明けましておめでとうございます。2026年、干支は午。走り続ける年――そんな言葉が自然と浮かびます。今年の私は、勢い任せに走るのではなく、「やると決めたことを、淡々と、確実にやり切る」そんな一年にしたいと考えています。馬車馬のように働く、という言葉は少し荒々しく聞こえるかもしれませんが、そこには覚悟と責任、そして未来への意志があります。日々の中で、気持ちが揺れることもあります。結果が出ず不安になる日もあるでしょう。それでも一喜一憂せず、目の前の一歩に集中し続ける。その積み重ねこそが、やがて形になると信じています。今の私を見てくれている皆さんへ。もし立ち止まっているなら、迷っているなら、無理に答えを出さなくてもいい。ただ一歩、今日できることをやってみる。その姿そのものが、次の道を照らします。この一年、私の歩みが、誰かの背中をそっと押せたなら幸いです。
blog

「ありがとう」と言えるようになった日 〜心に余白が生まれた仕事終わり〜

今日も仕事で一日が終わりました。正直なところ、体はなかなかに疲れましたが、今日は少しだけ心が温かくなる一日でもありました。各現場でリフトマンさんや積み込み・積み下ろしの方々に、年内のご挨拶ができたこと。その一つひとつが、思っていた以上に自分の中に残っています。年齢を重ねて、ようやく「ありがとうございます」と素直に言えるようになった気がします。以前の私は、自分のことばかり。いかに早く終わらせて、早く家に帰るか。そればかり考えていました。今思えば、ずいぶん余裕がなかったのだと思います。でも今は、少しだけ心に余白ができました。関わる人たちが、少しでも気持ちよく仕事ができたらいいな、幸せであってほしいな、そんな思いが自然と湧いてきます。結果を出すことの難しさを知ったからこそ、頑張っている人を応援したくなるのかもしれません。たった一言の挨拶でも、「また会いたい」と思ってもらえたら嬉しい。そんな気持ちで過ごした、今日の一日でした。
blog

暗闇の中で鳴り続ける音 ― 喜怒哀楽と、まだ見ぬ誰かへ

YouTubeでBGMを配信しながら、ふと立ち止まる瞬間があります。「これは本当に届いているのだろうか」「どこか的を外していないか」——そんな思いが、静かに胸をよぎることがあります。再生数や反応に一喜一憂しながら、暗闇の中を手探りで進んでいるような感覚。それでも、やめずに続けている自分がいる。そんな中、ある人との何気ないチャットから「喜怒哀楽」という言葉が心に引っかかりました。感情そのものを音で表現すること。さらに、アメリカのリスナーを意識しつつ、あえて“漢字四文字”という日本的な要素を、習字のような文字で表現する──その組み合わせは、もしかすると今までにない入口になるのかもしれない。迷いながらも進む中で、応援してくれる人の存在が、どれほど大きな支えになるかを改めて感じています。「それ、いいと思うよ」と声をかけてくれる仲間がいるから、また一歩踏み出せる。今は無理に答えを出さず、寄り添ってくれるその言葉に甘えながら、もう少しだけ、この道を歩いてみようと思います。